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塾・新時代のマーケティング論(94)
2013年/年頭所感 経済成長と企業成長論理

森智勝氏

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 明けましておめでとうございます。2013年が「あなた」と貴塾にとって最良の年になりますよう、心からお祈り申し上げます。

 昨年末の自民党安倍政権の誕生によって円安・株高傾向が続き、経済界は久しぶりに明るい新年を迎えたようです。ただ、金融経済が好転しても、実体経済が伴わなければ意味がありません。正月に食べた焼餅のように、膨れてもすぐにしぼんでしまいます。

 以前もお話したかもしれませんが、経済には三面等価の原則があります。国の生産(GDP)、分配、消費は必ず等価になるという原則です。この原則に従えば、消費を増やすには分配を、分配を増やすには生産を増やさなければならないのは明らかです。ところがここ20年間、日本のGDPは横這いが続いています。GDPを増やすために、その6割を占める内需を拡大しなければならないという論調が根強くあります。しかし、これには限界があります。例えば、この20年間にアメリカのGDPは2倍、中国は7倍に拡大したと言われていますが、内需でGDPを2倍にするということは不可能です。

 実体経済は、「お金」を仲介する物々交換です。例えば、セーターを売っているAさんと、魚を売っているBさん、二人だけの国家があったとしましょう。それまで、年に1回だけセーターと魚を交換していた二人が、年に2回の交換をすると、この国のGDPは2倍になります。これが内需拡大です。国の通貨量はそのままに、二人は2倍豊かな生活ができます。ですから、理屈の上では内需拡大は有効な手段です。

 もともと、内需拡大とは商品回転率(資本回転率)を大きくすることです。しかし…

 あなたは、今日から食事を2倍にできますか?家を2軒買いますか?新入生のランドセルは2つ必要ですか?勉強机は2つ部屋に並べますか?…こう問われれば明らかなように、人が一生の内で消費できる物の総量には限界があるのです。つまり、内需拡大だけでGDPを大きく引き上げるのは不可能なのです。

 先日の勉強会でお会いした地元の県議が言います。「日本の経済成長時代は国民全体に購買意欲があった。テレビが欲しい、車が欲しい、クーラーが欲しい…そうした購買欲望があったから経済成長を押し上げた」…正直、呆れました。購買意欲で経済成長するなら、北朝鮮はとんでもない成長国になっています。購買意欲があっても、それを買えるだけの貨幣がなければ意味がありません。当時の日本は、膨大な貿易黒字によって、その貨幣を稼いでいたのです。だから、欲しいテレビもクーラーも車も買えました。

 中国が猛烈な勢いで経済成長したのも、内需によってではなく外需によってです。今の日本は、貿易赤字国に転落しています。それが不況の最大の原因です。以前から言っているように、日本のビル・ゲイツ(マイクロソフト)やスティーブ・ジョブズ(アップル)を育て、世界に売れる製品を作り出す以外に根本的解決策はありません。思い出して下さい。バブル景気に日本が沸いていた頃を。当時、世界中の若者が欲していたのは、79年に発売を開始したソニーのウォークマンです。

 つまり、GDPを増やすには外需獲得を目指す以外に方法はないのです。

 すると、別の県議が言いました。「人口減少時代を迎え、GDPの拡大は望めない。これからは生活スタイルを見直して、皆が少しずつ生活レベルを落とすことを我慢することですね」…またまた呆れました。

 この政治家は社会の仕組みを全く理解していない。社会主義統制国家でない限り、我々一般人の生活レベルが10%ダウンするということは、社会全体のレベルが10%ダウンすることです。我々は耐えられます。毎日3回の食事に不自由せず、雨露を凌ぐ家があって、車もクーラーも冷蔵庫も洗濯機もある生活レベルの人は。ところが、今でもギリギリのところにいる人達、その人達がセーフティネットからこぼれ落ちるのです。

 今、生活保護の予算は年間3兆円です。その半分以上が医療費です。(もちろん、生活保護を受けると医療費が全額国家負担になるという仕組みを悪用する問題はありますが)社会の生活レベルを落とすということは、こうしたセーフティネットにかろうじて引っ掛かっている人たちを振り落とすということです。日本が曲がりなりにも国民皆保険の仕組みを維持しているのも、生活保護制度を維持しているのも…豊かだからです。豊かだからこそ社会的弱者に手を差し伸べることができます。

 かつて(バブルの頃)、「物質文明ばかりを追い求めて日本人は本当に幸せになったのか」とか、「もっと精神的な豊かさを追い求めるべきだ」とか…近年だと「幸福度指数を追求する微笑の国に学ぶべきだ」とか…いわゆる「豊かさ」に対するアンチテーゼの主張が横行しました。こんな主張は、豊かな生活を享受している者だけに許される「奢り」そのものです。世界中に存在する貧困国の住民に同じことが言えるでしょうか?食べる物もなくて多くの子ども達が餓死している国の人に対して、「豊かさよりも大切なものがある」と。

 生活のレベルを落としても構わないと主張することは、ギリギリの位置にいる人に「落ちなさい」と言うのと同じです。我々一般人が酒の肴に金持ちをやっかんで言うのは構いませんが、政治家の立場にある者は口が裂けても言ってはいけないセリフです。

 我々は豊かさを追い求めるべきです。そのことで社会的弱者も救うのです。だいたい、豊かになると精神的に荒廃するという理屈が分かりません。どちらも追求する…それが人として生まれた者の権利であり、義務です。

 総選挙で某党が、「女性の社会進出を促すことでGDPが20兆円以上拡大する」旨の主張をしていました。(女性の社会進出を促すこと自体に否はありませんが)私は数年前の「年越し派遣村」を思い出しました。小泉改革によって派遣社員が増大し、安易な解雇が問題になりました。しかし、誤解を恐れずに言えば、本質的原因は「女性の社会進出」にあることは明らかです。最近、「共働き世帯が55%」と報道されたように、女性の社会進出は当たり前の時代です。かつて、女性は結婚すると家庭に入り専業主婦になることがスタンダードでした。働くにしても、パート勤めが主流です。専業主婦とは、言葉を変えれば「失業者」です。パート従業員は「非正規雇用」です。つまり、かつては女性がその立場を担ってくれていたのです。その女性が大挙して社会進出を始めます。当然、中には優秀な方も大勢存在します。かつては女性が中心として担っていた「失業」「非正規雇用」を、男性も等しく担わなければならない時代が到来したのです。全体のパイ(GDP)が拡大しなければ、「誰かが進出すれば誰かが押し出される」という「押し競饅頭(おしくらまんじゅう)状態」になるだけです。やはり、GDPの拡大が不可欠なのです。

 こうした経済の仕組みは企業にも当てはまります。利益を確保するためには2つの方法しかありません。売上を伸ばすか、経費を削るかです。後者には限界があります。実際、日本企業は縮小均衡路線を続けてきました。社員それぞれが昇給を我慢し、「皆が10%のレベルダウン」を甘受してきたのです。結果、大勢の人がセーフティネットから振り落とされました。それがリストラです。

 企業も外需拡大、つまり売上増を目指す以外に生き残る策はないのです。当然、塾も同じです。教育分野も今や聖域ではなくなったように、塾業界も以前のような特殊な業界ではなくなりました。それぞれが拡大発展を目指して熾烈な競争を繰り広げることを必要とする、至極普通の業界になったのです。

 塾同士が健全な競争によって、より良い学習環境を地域の子供たちに提供する…それが、業界全体が担うべき社会貢献です。2013年、それぞれの塾が堂々と、逞しく戦っていただくことを心から期待しています。

 
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