HOME > 塾経営最強コラム > リーダー論再び/リーダーになる決意

塾・新時代のマーケティング論(86)
リーダー論再び/リーダーになる決意

森智勝氏

写真

 ゴールデン・ウィークが明け、初夏の陽気が到来していますが、この春は登校中の子ども達が犠牲になる痛ましい事故が目立ちます。安心・安全は塾業界にとっても重要な要素です。塾によっては教室近くの交差点にスタッフが立ち、通塾中の生徒たちの安全に配慮しているところもあります。こうした不断の取り組みが塾生の安全を守ると共に、塾の評判を向上させているのでしょう。

 さて、5月末から社団法人青少年育成協会(以下日青協)が主催する「次世代リーダー育成セミナー」が開催されます。私と教育コーチングでお馴染みの小山氏(日青協理事)が講師を努めるセミナーで、今年で5回目を迎えます。おかげさまで評判も良く、セミナー参加者はその後、大きな成果をあげているようです。ところで、リーダーとは何でしょうか。以前もお話したことがありますが、今回はこの使い慣れた言葉(立場)の意味について少し突っ込んで考えたいと思います。

 よく似た言葉に「マネージャー」があります。野球の監督は英語で「baseball manager」と言います。日本で「野球のマネージャー」と言うと、練習の準備や手伝いをしたり、ユニフォームを洗濯したりする女子マネージャーを思い浮かべます。マネージャーとは「与えられた課題に対して、与えられた組織を最も効率的に差配する人」という意味です。監督は与えられた戦力で与えられた課題(例えばリーグ優勝)に取り組むのが仕事です。女子マネージャーは、その効率化のために監督をサポートする人という役割を担っています。

 別の類似語に「コーチ」があります。サッカーの場合は、監督のことを「head coach」と呼びます。「コーチ」は「相手の内なる能力を引き出す人」という意味です。サッカーの監督は、複数のコーチの中でヘッド(トップ)に位置付けられる役職です。「CEO」(最高経営責任者)「COO」(最高執行責任者)などで使われる「チーフ」(chief)も同様の使われ方をします。「チーフ・パイロット」のように。また、組織の統率者という意味では「キャプテン」(captain)が使われます。

 この様に、「マネージャー」「コーチ」「ヘッド」「チーフ」「キャプテン」等の言葉は正式な役職名として頻繁に使われるのですが、「リーダー」という言葉が正式な役名として使われることはありません。どうやらリーダーとは概念の中でのみ存在するもののようです。例えば、「なでしこジャパン」のキャプテンは宮間選手ですが、「チームリーダーは?」と問われれば誰もが澤選手を挙げることでしょう。

 とある大会でのことです。選手たちは連戦の疲れがピークに達していました。澤選手自身も大きな怪我を負い、ドクター・ストップがかかっていました。それでも試合に強行出場した澤選手は、チームメイトに対して試合前に「苦しくなったら私の背中を見て!」と言ったそうです。これがチームリーダーの姿です。

 つまり、リーダーとは「キャプテン」や「マネージャー」のように与えられる職責上の立場ではなく、組織内での相互了解の上に成立する精神的支柱のような存在だということが分かります。具体的に言えば、組織全体のモチベーション(意欲)を引き上げる役目を担う人がリーダーです。

 すると、「私にはリーダーになる資質がありません」と謙遜する人がいますが、もともとリーダーになる資格とか資質は存在しません。唯一言えるとすれば、「自分がリーダーになる」という決意と覚悟です。その覚悟があれば誰でもリーダーになれます。

 例えば、今まで何度も取り上げてきましたが、歴史上のリーダーの象徴として真っ先に挙げられるのは織田信長です。確かにカリスマ的リーダーの代表と言ってもいいでしょう。彼は美濃を支配下に治めたとき、かの有名な天下布武の押印を使い始めます。まだ尾張と美濃、二国の支配者に過ぎなかった立場で、「自分が天下を治める」と宣言したのです。部下達の気持ちを想像してください。我々の大将が天下人になる。その時、自分はどこまで出世できるだろう…モチベーションが上がらないはずがありません。確かに信長は優れたリーダーだったと思います。しかし、信長的な人物だけがリーダーになる資質を持っているとすれば、その後を継いだ豊臣秀吉、徳川家康はリーダーになれなかったということになってしまいます。そんなことはありません。

 秀吉にはカリスマ的な資質はなかったかもしれませんが、「人たらしの名人」と評されたように、コミュニケーション型のリーダーだったのです。信長は「で、あるか」を口癖としていたと伝えられるように、人とのコミュニケーションが苦手な人物だったと伝えられています。言葉よりも行動で示すリーダーです。それに対して秀吉は言葉で相手を懐柔し、人間的魅力で味方を増やしていくリーダーでした。

 賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いのとき、職責上、柴田勝家軍(敵方)についた盟友、前田利家の陣に単身赴き、湯漬けを食べながら利家の女房に対し、「松殿、ちょっと亭主をお借りしたいのだが」と言った逸話は有名です。一瞬で前田家の家来達を味方につけてしまいました。

 家康には信長的カリスマ性も、秀吉的人間的魅力も伝えられていません。しかし彼は、強烈なストイック性と仕組み作りでリーダーになりました。若い頃、武田軍に大敗した家康は、敗走したままの姿を絵師に書かせ一生の戒めとしたと言われています。また、晩年には禁中並公家諸法度、武家諸法度・一国一城令等を制定し、江戸幕府の基礎を作りました。

 三者三様のリーダー像だということが明らかです。このように、リーダーになる資質があるのではなく、あなたに適したリーダー像があるのです。ただ、繰り返しになりますが、必要なことは「自分がリーダーになる」という決意と覚悟です。信長、秀吉、家康に共通するのも「自分が天下人になる」という強烈な覚悟でした。司馬遼太郎は著書の中で「武田信玄、上杉謙信には自分が天下人になるという野心はなかった。それが稀代の大名でありながら天下を取れなかった一番の理由である」と評しています。

 リーダーになるには「自分がリーダーになる決意」が必要だとすれば、自ずと次の結論が導かれます。

 「組織の中に複数のリーダーが存在しても構わない」

 球団に監督は一人です。キャプテンも一人です。それが職責上の立場ですから当然のことです。ところがリーダーは違います。何人いてもいいのです。それどころか、全員が「自分がリーダーになる」と決意することすら可能です。

 私は、そうした覚悟を持ったメンバーが多い組織が「強いチームになる」と考えています。全員が「他の人はどうあれ、俺が先頭に立って皆を引っ張っていくんだ」と決意し、行動することができれば…そんな組織を作ることが、「リーダーとしてのあなた」の最も重要な役割なのです。

 
© 2015 全国学習塾援護会