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塾・新時代のマーケティング論(77)
塾のリーダーは情熱と冷静の狭間に立つ

森智勝氏

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 大方の予想通り、子ども手当ては来年度から廃止になり、元の児童手当に戻るようです。私は、子ども手当てが導入される時、塾業界にとっての大きなアドバンテージにはならないだろうと予想していました。理由は2つです。

 1つは、同時に実施された扶養控除の廃止によって、実質の可処分所得はあまり増えないことです。例えば、子ども二人で年収500万円の家庭では、年間で実質5万円程度しか可処分所得が増加しませんでした。これでは塾業界が恩恵を受けるのは難しい。もう一つの理由としては、塾を必要としている(塾に価値を見出している)家庭は、子ども手当ての有無に関わらず、既に塾を利用しているだろうと予想していたからです。その時点で塾を利用していない家庭が、年間5万円程度の恩恵をきっかけにして塾利用に傾くとは思えませんでした。

 ただ、初年度は年末調整前に子ども手当てが配布されていることと、高校の授業料実質無料化の効果もあって、若干ですが塾業界も恩恵を受けた気配があります。まあ、実際のところは充分な検証が出来ないまま東日本大震災が起こり、子ども手当ての廃止が決定されてしまいました。高校授業料の実質無料化も先行きは不透明なままです。

 検証と言えば、日本全国の電力不足はどうなったのでしょうか。当初の予想では昨年度に比べて20%以上の電力が供給不足となり、輪番停電の可能性が高いと言われていたのですが、各地方の電力予報では連日、「安定供給」が続いているようです。浜岡原発が止まった中部電力でも、80%台の使用率で安定しています。原因の一番は、日本中の企業、個人の努力により、昨年度に比べて20%以上の節電を実現しているからです。こうなると、日本における本当の必要電力量はどれだけなのか、判らなくなります。冷静な検証の上に将来のエネルギー対策を考えなければ、正しい判断は出来ないでしょう。

 塾経営でも同様の傾向が見られる時があります。しっかりとした検証の上に対策を構築しなければ、砂上の楼閣です。例えば、退塾防止策を考えるためには、月別の退塾者数を正確に把握する必要があります。過去5年程度の数字から傾向を掴み、最も効果的な時期に対策を打ちます。以前もお話したように、9~10月に退塾者が増える傾向があるのでしたら、11月に魅力的なイベントを打ち出すことで退塾を思い留まらせることができます。

 退塾理由についても冷静な検証が必要です。塾生数が増えていくと、どうしても定量評価によって判断を下してしまいます。しかし、常に定性評価を併用しないと、見込み違いを起こしかねません。

 とある個別指導の教室の例です。

 中3の成績中堅層を中心に退塾者が続出しました。私の言う「退塾伝染病」が蔓延したのです。教室長はその原因を「近くに格安の個別指導塾が開校したからだ」と考えていました。ところが、退塾を申し出た一人の生徒に理由を「突っ込んで」聞いたところ、「この塾はアットホームな雰囲気で好きだったけれど、今のままでは志望校に合格する成績が取れそうにないから」と言われたそうです。そして、退塾した生徒の多くが格安の個別指導塾ではなく、厳しいと評判の別の塾へと移っていきました。

 ビジネスは仮説→実行→検証の繰り返しだと言われています。仮説とは「思い込み」で立てるものではありません。「その条件が整った場合、周りで起きている現象が全て合理的に説明できるもの」が仮説です。取り上げた例の場合、安易に格安塾の存在を原因としていたら、「授業料を下げれば退塾が防止され、塾生が増える」という仮説を立てることになってしまいます。これでは実行しても検証に耐えうる結果は出てきません。

 そして、最大の問題点は、原因を内部ではなく外部に求めてしまう傾向があることです。人は誰でも自分に原因があるとは認めたくありません。どうしても外的要因(誘因)を探してしまいます。しかし、外的要因は「きっかけ」にはなるにしても、決定的な原因にはなりません。そこに内的要因(動因)の存在が必ずあります。この塾の場合、「近くに格安塾ができた」という外的要因に目を奪われています。なぜ、そうなってしまうか。「自分は悪くない」と思いたいからです。「仕方がない」と思いたいからです。しかし、例え生徒が格安塾に移ったとしても、その根本原因は常に内側に存在します。動因がなければ全ての現象は起こり得ません。例えば、目の前にウサギがいた(誘因)としても、空腹状態(動因)でなければライオンが襲うことはないのです。

 原因は常に内側にあると自覚することです。

 こんな例もありました。やはり退塾が続出するクラスが発生しました。理由を尋ねると、塾長が最も信頼していたNo.2のA先生の授業が分かりにくいと言われたのです。教務力には自信を持っていた塾長は大きなショックを受けました。

 我々日本人は結果よりプロセスが大切という考え方を強く持っています。「一所懸命やったのだからそれでいいじゃないか」「結果はともかく、彼の努力は認めよう」…我々が好むフレーズです。しかし、ビジネスは科学です。現象を冷静に分析する態度が必要です。情に流されて現実を見ないでいると、ビジネスは成立しません。この塾の場合、「なぜA先生をそんなに信頼していたのですか?」と尋ねると、塾長は、「とても熱心で、子どもが好きで…」と、実際の教務に関することとは別の要素をいくつも挙げます。現実は、「A先生の授業は分かりにくく、生徒の信頼を失っている」のです。そう冷静に判断すれば、「授業研修を強化して教務力を向上させれば鬼に金棒になり、生徒が増える」という仮説が立てられます。こうした具体的な仮説ならば実行も具体的になり、検証も正確に行なえます。

 もう一度、信頼と信用の違いを認識して下さい。信頼とは「信じて頼ること」であり、信用とは「信じて用いること」です。塾長、教室長は現場教師を信頼せず、信用する態度が必要です。「用いる」わけですから、その人の能力を冷静に分析し、向上させる施策を立てなければなりません。盲目的に信頼していると、必要な施策も立てられず、当然実行もされず、力量の停滞・劣化を招くことは必須です。

 能力の評価と人格の評価は分けて考えるべきです。その人の熱意や努力を認めることは重要ですが、それをエスケープにしてスキル向上の手を緩めてはいけません。

 「当塾はアット・ホームな雰囲気が特徴だから、教師達にも伸び伸びと仕事をしてもらっています」と言う経営者に出会うことがありますが、それを理由として必要な研修を避けているとすれば、塾全体の向上、発展は望めません。どの塾よりも厳しい研修を伸び伸びと実施して、アット・ホームな雰囲気の中でも優れた実績を挙げてこそ、本物です。見せ掛けだけの「アット・ホーム」は市場から支持されません。

 経営には「情熱と冷静の狭間に立つこと」が求められます。情熱を持って檄を飛ばしてスタッフの熱を引き出し、同時に冷静にスタッフの能力を測り、必要な施策を講じていく…。「信頼」ではなく、「信用」するということは、常にそうした態度でスタッフ全体を引っ張っていくことです。

 夏期講習も終盤、教師達にも疲れが見られる頃です。ぜひ、ハード・ボイルドで頑張って下さい。「ハード・ボイルド」は「固ゆで玉子」ではなく、「やせ我慢」と意訳します。どんなに疲れていても、生徒たちの前ではおくびにも出さず、常にエネルギー全開の教師を演じ続けること。それが塾人のハード・ボイルドです。

 
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