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塾・新時代のマーケティング論(72)
骨折して気付く左手の重要性

森智勝氏

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 私事ですが、2月の中旬に自らの不注意で転倒、左上腕部を骨折してしまいました。ご迷惑をお掛けした関係各位に紙面をお借りしてお詫び申し上げます。

 負傷してから2週間が経ちました。現在、電車とバスを乗り継いで事務所に通い、右手一本でキーボードを叩いています。不自由な生活ですが、この境遇になって初めて気付くことが多くあります。1つは世間の優しさです。

 多くのお見舞いメール、電話をいただきました。日航のCAさんは、トイレにも付き添ってくれました。スーパーのレジのおばちゃんは商品の袋詰めまでしてくれました。食事会で訪れたレストランでは、上下スポーツ・ウェアという場違いな服装を受け入れてくれただけでなく、「そんな大変な時にご来店いただき、ありがとうございます」と声を掛けてくれました。その他、大勢の方に親切にしていただいています。この世の中、捨てたものではないと改めて思います。

 もう1つ、気付いたことがあります。最初は、骨折したのが左腕で良かったと思っていました。いえ、確かに良かったのでしょう。ただ、想像した以上に右手だけでは何も出来ないということを知りました。右手だけだと、半分どころか両手の5分の1程度のことしか出来ないのです。ズボンのファスナーは上げられないし、瓶のキャップも空けられません。利き手ではない左腕が、こんなに重要だったとは気付きませんでした。

 で、思ったのです。組織も同じだと。一人で出来ることには限界があります。これが二人になれば、5倍のことが出来るのではないか。10人、100人が集まれば、どれ程のことが実現できるのでしょう。また、人には様々な種類があります。右手のように、一見華やかで目立つ存在の人もいるでしょう。しかし、組織の中では目立ちませんが、瓶を支える左手のように隠れた貢献をしている人もいるのです。また、そんな人の存在抜きでは瓶のキャップは空きません。組織全体の成果が上がらないのです。

 いつの頃からか、日本では自己責任の風潮が定着し、企業にも成果主義が導入されるようになりました。ところが、多くの企業では成果主義が失敗に終っています。原因は明らかです。それぞれが自分の成果に固執するあまり、自分の業績とは関係ない仕事をしなくなったからです。すると、誰に帰属するかが曖昧な業務が抜け落ちてしまいます。それが全体の生産性を低下させる結果を生んでいるのです。効率化を目指した成果主義によって生産性を低下させるという皮肉なパラドックスです。例えば、廊下に使用済みのダンボールが放置してあったとしても、「それは自分の仕事ではない」と教室長の指示が出るまで誰も片付けようとしない…そんな校舎に多くの塾生が集まってくるという想像を私はすることが出来ません。

 思うに、今の若者は物心付いた時から「自己責任」を教え込まれて育ちました。顕著な例が、勉強をする理由、意義に疑問を持った時です。ほとんどの大人から次の様に聞かされてきたはずです。

「あなたのためよ」「あなたが将来、幸せに生きるためよ」と。すると、どうなるか。「自分が幸せになろうと思わなければ、勉強はしなくていいんだ」と考える子供が増えていきます。そんな子供に「君は幸せになりたいと思わないのか」と問うても、「別に…」という答えが帰って来るだけです。今の若者は「総エリカ様」状態です。多くの若者が自己責任を履き違えているか、都合のいいように解釈しています。そんな若者が社会人になった時、社会貢献の意義を理解するのは難しいでしょう。結果、自らの成果(仕事の対価)だけを考える「タコツボ人間」が繁殖することになるのです。

 塾の現場で生徒の学習意欲を向上させることは、究極の使命と言ってもいいでしょう。勉強の意義に疑問を持った生徒に対して、我々塾人が一般の大人たちが言うレベルの理論武装で対応していたのでは失格です。「塾の教師ならば、コレくらいのことは言うだろう」という相手の想定を上回る答えを用意する必要があります。(相手の期待値を上回る部分を感動と呼ぶことは以前からお話してきました。)けっして「君が将来、幸せに生きるためだ」とは言ってはいけないのです。では、どう答えるべきか…。

 もちろん、こうした哲学的な問いに対する唯一の正解は存在しません。逆説的に言えば、生徒が「そうだったのか」と感動し、目からウロコ状態にならなければ、どんな答えも失格です。ここでは1つの答えを例示します。

 「何のために勉強するのか?それは、何のために産まれてきたかを考えれば自ずと答えが分かるはずだ。君は自分が幸せになるためだけに産まれて来たのではない。ただ楽しく満足して生きるだけなら、それは犬や猫と同じだ。よく、考えてみなさい。この地球上の生物の中で、回りの仲間や未来の子供たちの幸せを考える生き物は人間だけだ。その人間として生命を受けた君には大きな使命がある。それは、けっして自分だけが幸せになることではない。君の力で回りの人を、将来の人を…100万人の人を幸せにするために生まれてきたんだ。そのための知識、技術、能力を身に付けるために今、勉強しているのだ。」

 今の若者たちは「自己重要感」が希薄だと言われています。自分はいてもいなくても変わらない存在なんだと思い込んでいるのです。それは、本人にとっても社会全体にとっても不幸なことです。この春、多くの若者が塾業界に飛び込んできました。ぜひ、彼等に伝えて下さい。「あなたは、塾の業務を通して100万人の人を幸せにするのだ」と。そして、一見目立つ活躍をする社員だけではなく、左手のように地味な役割をしている社員にも光を当ててあげて下さい。経営者の禁句は数々ありますが、最大の禁句はコレです。「君の代わりはいくらでもいる。」

 新しい年度が始まります。貴塾の大いなる飛躍を期待します。

 
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