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塾・新時代のマーケティング論(57)
マーケティングの基礎・文章力を磨け!

森智勝氏

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 メリークリスマス!いよいよ年の瀬ですね。今年は新型インフルエンザの影響で学校行事予定が乱れ、各塾も対応に追われていたようです。ワクチンの接種が始まりましたが、効果のほどは「?」らしく、当分の間、混乱が続くと予想されています。これから冬期講習、入試、新年度募集と、塾業界にとっては最多忙期を迎えます。どなた様もお体に気をつけてご活躍下さい。
 塾業界のマーケティングを考える場合、ライティング(文章力)の弱さを実感します。もともと持っている能力は高いのですが、どうしても「人の良さ」が出てしまい、演出やデフォルメすることができません。そうした手法を潔しとしない傾向が強いのです。
 私は、ビジネスの基本は居酒屋の大将が言う「騙されたと思って食べてみな!」にあると考えています。そうして差し出された料理を食べた人が「美味い!騙されて良かった」と思わせればいいのです。居酒屋の大将の社会的使命は美味い料理とお酒で人を幸せにすることです。「客」の知らない食の世界を教えてあげて、新しい世界を体験させてあげることです。そのための手法として「騙されたと思って…」の台詞は許されます。もし、食べた料理が不味かったら客足が遠のくだけです。この場合、料理が商品であり、「騙されたと思って…」の台詞がマーケティングです。商品とマーケティングはそんな関係です。
 実直に授業を追求する姿勢は重要です。しかし、提供する商品の素晴らしさを伝える努力も必要なのです。もし、素晴らしい「あなたの塾」の存在を知らずして、隣の「いいかげんな塾」へ行って不幸になる子供が一人でもいれば、それは「あなた」の責任です。本当に守らなければならないコア(大儀)を守るためならば、その周辺部分はどれだけでも妥協し、デフォルメしても構わないと思います。ところが、多くの塾人が逆をやっているように見えてしまうのです。
 文章力は自塾を知らしめるため(マーケティング)の基本です。言葉で人を感動させ、共鳴させることができなければ、集客もできず、「あなた」の社会的使命を果たすこともできません。
 次の文章は、ある塾長が保護者の役割を訴えるために書いた文章です。

小学校の頃はあまり勉強していませんでしたが、そこそこの成績でした。中学校に入学しても小学校時代と同じように、勉強はあまりしなくてもどうにかなると思っていました。中学1年生の1学期中間テストの50人中25番くらいで、成績は良くありませんでした。期末テストはさらに悪くなり30番くらいに下がりました。分からないところも増えてきます。
その時、母親が心配して8月末に従兄弟と私の2人に家庭教師をつけてくれました。(当時、学習塾はほとんどありませんでした)科目は英語と数学でした。熱心な若い先生でした。特に9~10月の2ヶ月間はよく鍛えられました。おかげで1学期に習った内容は理解できるようになりました。母親と先生からの期待に応えたくて勉強もしました。その結果、2学期の中間テストは15番くらいに上がりました。特に英語と数学は得意科目になりました。中学3年生の時には、10番近くまで成績が向上しました。努力する力もついたと思います。
 4人兄弟で決して豊かではない我が家でしたが、母が家庭教師をつけてくれたことに対してすごく感謝しています。そして、その熱心な先生の指導のおかげもあり、希望する高校へ入学し、さらには大学へも進学することができました。学習することの楽しさ、努力することの大切さを知り、自信もつきました。
 もしあの時、母が手を差し伸べてくれていなければ、まちがいなく勉強はわからなくなり、成績はさらに下がっていたと思います。三流、四流の高校にしか入学できず、「僕は勉強ができない」「僕はダメだ」という消極的な人生を過ごしたことでしょう。私は今、積極的な人生を歩んでいます。私の人生を変えてくれたのは母の深い愛と家庭教師の先生の熱心な指導です。中学時代の成績は人生に大きな影響を与えると私は考えています。(中略)「子どもたちを社会で活躍できる人材に育てる」ことが私たちの使命です。今度は私が家庭教師の先生の役を実践します。日本の子どもたち、みなさまの子どもたちの未来のために。

 この文章は事実を時系列に並べただけで、読者(保護者)の共鳴・共感を得ることが難しいでしょう。そこに「物語」が存在しないからです。次の文章は趣旨を同じくして私が書いた文章です。

 (例)見出し「母親への憎しみが感謝に変わるとき」

それは、私が中学一年生の夏のことでした。遊びに夢中で勉強に身の入らない私に業を煮やした母親が、何と家庭教師を雇ったのです。反抗期に差し掛かっていた私は猛烈に反発し、家庭教師の先生に対しても反抗的で、母親に対しては不貞腐れた態度を続けていました。
 そんなある日、私は強硬手段に出ました。家庭教師が家に来る日、私はサボって家に帰らず、遅くまで公園で時を過ごしました。
「これで、いかに私が勉強を嫌がっているか、母親も分かるだろう。」
 今から考えれば浅はかな考えですが、中学1年生の私にとっては精一杯の自己主張のつもりでした。サボってみると、なかなか家に帰り辛く、結局、家に戻ったのは午後11時を過ぎた頃でした。すると、家の前に母親が立っているではありませんか。
 「怒られる…」そう思った瞬間です。私の姿を見つけるやいなや、駆け寄ってきた母親は「アホ!」と言ったまま、私の目の前で泣き崩れてしまいました。予想もしなかった事態に、どうしていいか分からず呆然と立っていると、そんな時間まで待ってくれていた先生が近寄ってきて私に言いました。
「勉強が嫌なら、それでもいい。でも、お母さんを泣かせちゃいけない。」
 その日以来、私は憑き物が落ちたかのように穏やかに勉強に取り組むようになりました。母親の深い愛情と、熱心な先生の指導のお陰で成績も向上し、結果、今の自分があります。我々大人は、子供たちに今、理解されなくても、本当に必要なことを身に付けさせる強い覚悟が必要です。当塾が成績向上にこだわり、時には辛い訓練を子供たちに強いるのも、そうした覚悟があるからです。
 齢(よわい)70を超えた母親は、今では私の一番の理解者です。

 これは私の全くの創作ですが、塾人ならば、こうした体験の1つや2つは誰でも持っているはずです。それを多少デフォルメして分かり易い物語として伝えることです。ある程度の文章力は訓練で身に付きます。ぜひ、スタッフ全員で取り組むことをお勧めします。こうした能力は、普段のアジテーションにも十分役立ちます。

 
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