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塾・新時代のマーケティング論(41)
伸びる企業は人材に投資する

森智勝氏

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 先日、企業訪問で、とある青果卸企業の経営者とお会いしました。その会社は「尾張の台所」と呼ばれている北部市場に居を構えているのですが、北部市場関連企業百数十社の大半が規模の縮小を余儀なくされる中、唯一業績を伸ばし続けている優良企業です。

 話は多岐に渡ったのですが、私があらためて「一人勝ちの要因は何ですか?」と尋ねたところ、数秒間考えたあと「やっぱり、新卒採用を続けたことでしょうか。」という答えが返ってきました。正直、思ってもいなかった意外な回答でした。「お客様第一に徹したから」とか「システムの近代化をいち早く取り入れたから」等々の答えを予想していたのです。

 この会社は業績が悪化したときも、バブル景気で新卒採用が困難だった時期も新卒採用を途切れさせたことがなかったそうです。もちろん中途採用もしていますが、企業の中枢スタッフは新卒者を中心に構成されています。

 「会社の風土・文化を確立するためには、時間は掛かるかもしれませんが真っ白な人物を育てていくしかありません。お陰様で他社と比べて仕事に真面目なスタッフが揃っていますし、社内不正は圧倒的に少ないですね。」

 この会社の出社時間は午前4時ですが、ほとんどの社員が1時間前、つまり午前3時にはやってくるそうです。それが一つの企業風土として成立しているのです。

 私が顧問を務めている異業種交流会には100社近くが加盟していますが、新卒採用を中心にしている企業は売上規模が一桁違います。大手だから新卒採用が可能なのか、新卒採用中心だから大きくなったのか…多分、両方の相乗効果でしょう。つまり、中小零細企業は新卒採用するだけの経費が掛けられず、それ故に中小零細に留まるという悪循環に陥っているのです。

 ことは塾業界でも同様です。やはり新規採用中心にシフトした塾が結果として業績を伸ばしているのが現実です。「中途採用者の全てが」とは言いませんが、その多くが退職慣れしているのは間違いありません。それだけならまだ許せるのですが、中には「負のノーム」を積極的に作る人がいます。若いスタッフに対して「お前等、こんな悪条件でよく我慢できるな。俺が以前働いていた塾では…」と、悪影響を拡げることに躊躇しないのです。これでは社内風土・文化を作ろうとしても難しい。

 確かに、退職者が多いと即戦力が必要になり、いきおい経験者、つまり中途採用に頼らざるを得ない事情は理解できます。しかし、そうした塾は人材の定着率が向上せず、結果、人材の自転車操業を続けることになります。今、業界全体が変革期を迎え、企業体質の強化・近代化が迫られています。ましてや塾は「人」が全てと言ってもいい労働集約型の産業です。ここに投資をしなければ、強い塾は永遠に作られません。「採用」と「教育」に掛かる費用は経費ではなく投資です。

 かつて「成長カーブの作り方」をテーマに講演をしたことがあります。「形式知に掛けた投資のリターンは最大でも2倍。暗黙知に掛けた投資のリターンは10倍、100倍になる。その代表的なものが情報と人材だ。」というのが趣旨なのですが、今回の企業訪問で改めて人に対する投資の重要性を認識しました。

 風土・文化を作るということは企業防衛の強化にも貢献します。以前から問題になっている「労基法」の問題です。退職者が労働基準局に駆け込み、調査が入ったあげく、思わぬ追加出費、それも莫大な?金額の支出を余儀なくされる企業が増えています。塾業界も例外ではありません。もちろん、サービス残業を奨励するつもりはありませんが、厳密に査定すれば「完璧なコンプライアンス」を実行している企業は日本中皆無でしょう。

 次は、以前発表したことのある文章の再掲です。

私の古い友人にプロのギタリストがいる。名前を小倉博和という。業界では売れっ子らしく、多くのアーティストから引っ張りだこで、しばしばテレビにも登場する。
 サザンの桑田さんが「稲村ジェーン」の映画を撮るときに腕の良いギタリストを探していて、とあるプロデューサの紹介で桑田さんと知り合った。その後、サザンのサポート・メンバーとしてツアーを共にし、桑田さんのソロアルバムにはアーティスト&編曲者として参加している。
 それまでの彼は「シブガキ隊」のバックバンドを務めるなど、名も無いギタリストでしかなかった。仕事も金も無く、汚いアパート暮らしだ。ただ、時間だけは充分にあった。毎日、18時間ギターを弾いていたそうだ。上手くなるはずである。いつか彼に聞いたことがある。「そんなにギターを弾いていて嫌にならないか?」

「別に。ギターが好きだから。それどころか、寝る時間も惜しいくらいだった。」

 私は仕事柄、塾の社員研修に招かれることがある。充分な時間を確保するために、勤務時間前の午前中から研修を始める塾も珍しくない。すると、一部の社員からクレームが来ると言う。曰く「時間外に研修をやらないでほしい。実施する時は時間外手当を払ってほしい。」

 この社員の主張は正論だと思う。でも一方で、彼は一生自分の時間を切り売りして生きていくのだろうかとも思う。「彼の人生」と「小倉の人生」…どちらが充実しているだろう。どちらが幸せだろう。好きで入った世界ならば「寝る時間さえ惜しい」と思いながら生きたいものだ。
 小倉はプロである。ギターを弾く姿を目の前で見ると、その人間の指とは思えない動きに感動を覚える。これを読んでいる「あなた」は学習指導のプロである。目の前で見ている「客」に感動を与える授業をしているだろうか。「さすがプロ教師」と生徒・保護者に思わせているだろうか。カギは「寝る時間さえ惜しい」という好きなものに対する「思い」なのかもしれない。

 ここで言う「寝る時間も惜しい」と思える風土・文化を作ることができれば、労働基準局へ駆け込む社員は生まれないことでしょう。

 
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