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新時代のマーケティング論(11)
京都の事件を日本型追求社会構築の契機に 2006年1月私塾界掲載分

森智勝氏

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明けましておめでとうございます。

昨年は多くの塾経営者の方との交流が広がり、私自身、成長させていただいた一年でした。今年は業界に恩返しする年にしたいと考えています。よろしくお付き合い下さい。

さて、昨年は12月に起こった京都での悲惨な事件の余波が静まらぬまま幕を閉じた感があり、関係者は春の募集時期に備えて安全管理の対応に追われていることでしょう。私も紙面上で「治安問題」が近々の課題と提唱してきましたが、まさか塾関係者の内部犯行までは想定していませんでした。

事件についてのコメントは既に各方面から数多く提出されていますので、それに譲ることとして、ここでは別の視点から問題提起したいと思います。

報道によると、犯行におよんだアルバイト講師は被害者の少女を教室に残した後、教室の鍵を掛けたとされています。この「鍵」の存在が気になるのです。教室に鍵が必要でしょうか。もし、授業中は常時鍵を掛けていたとしたら、災害大国の日本では地震の時、火事の時、避難の大きな妨げになります。学校教室の出入り口は避難時を想定して「引き戸」になっていることはご存知の通りです。もちろん、外部からの侵入者に備えるためという理由は分かります。しかし、功罪のリスクを考えた場合、鍵の存在価値を改めて考えてみたいのです。

そもそも日本家屋には玄関、トイレ以外鍵が存在しないのが普通です。ところが戦後、西洋文化の流入により、日本の生活様式が一変しました。「プライバシー」という言葉がスタンダードになるにつれ、そこに「鍵」が登場するようになります。カバンに鍵。筆箱に鍵。日記帳に鍵。そして子供部屋にも…。

「神のもとに平等」を掲げる西洋では同時に、個人は敵対する関係と捉えられています。外部と遮断された家屋の造りがそれを物語っています。それは家族関係にも存在し、一人一部屋が当たり前です。常に密閉された空間で育ち、生活をしています。彼らは親子でさえも神のもとに平等であり、ゆえにプライバシーという概念が生まれました。

戦後の日本はアメリカに追いつけ追い越せを合言葉に高度成長を成し遂げました。幕末、開国初期と同じく、まず西洋文明を取り入れることから始めます。目指すものがハッキリしていますから、当時の日本人に求められたのは処理能力です。如何に早く目標を達成することができるかを考えた場合、それは当然の帰結です。その中で効率化という概念も登場します。箱型の家、マンションが街を埋め尽くし、道は正確に碁盤の目を刻みます。こうした試みは成功しました。日本は世界に冠たる経済大国になりました。

ところが、世界のトップに立ち、目指す目標が無くなった後も同じコンセプトで日本中が走り続けています。あまりに効率化を求める姿勢がJR西日本の脱線事故、耐震データ偽造事件を生んだと考えるのは拙速に過ぎますでしょうか。昨年流行った「ドラゴン桜」も受験勉強の効率化が受けたのでしょう。

2005年、ついに日本の人口減少が始まりました。全ての市場が縮小均衡へと向かいます。これを機に日本の新たな国造りのコンセプトを構築する必要があります。求められる能力は処理能力から創造力へ、効率化から付加価値化への転換が時代の要請です。

実は教育における価値観も大きく変わり始めています。昨年度、全国私塾情報センター主催のセミナーで提案されたビジネスモデルの多くは、直接学習指導に関わるものよりも「ロボット」「理科実験」「就業進路」「生活習慣」等々、周辺環境に関するものでした。また、最も衝撃的だったのは「教育空間研究所」の四十万氏の報告です。氏の調査によると、有名私立中学合格者の多くは自分の勉強部屋を持ちながらも、リビングやキッチンで勉強しているそうです。人は閉じられた空間よりも開かれた空間に身を置いてこそ様々な能力を伸ばすことができるようです。また、従来の日本家屋にあったフリースペース(四十万氏はこれを記憶の空間と称しています。)が持つコミュニケーション機能についても力説されています。

仕事柄多くの塾を訪問しますが、どの塾も決まったように長方形の教室に長方形の机を並べています。それが最も効率的にスペースを使う方法だからです。しかし、処理能力から創造力へ、効率化から付加価値化への流れの中、そうした学習環境についても見直す時期が来ているのではないでしょうか。

今回の事件は様々なことを我々に突きつけています。もちろん、本質は採用人事であり社員教育でありセキュリティーの問題です。そうした取り組みは永遠に続けなければならない「プログラム規定」でしょう。と同時に、戦後の日本が推し進めてきた社会構造の行き詰まりを象徴する事象と捉えることもできると思うのです。

私教育が日本の発展に大きく寄与してきたことは衆目の一致するところです。その私教育内で起こった事件だからこそ、そこから何を学び、何を改革していくかが各塾に問われています。

前々号でヒルズ族のことを話題にしましたが、今の若者は皆、ヒルズ族に憧れています。それを否定するものではありませんが、日本中がヒルズ族を目指す社会を想像するとちょっとゾッとします。ヒルズ族がアメリカ型社会の究極の姿のように思えるからです。その対極とも言うべき私教育界に高い志を持った若者が飛び込んでくれる魅力ある業界作りが必要です。それは新しい日本社会の姿(コンセプト)を提示するところから始まるのではないでしょうか。あなたの掲げる旗に。

日本人は大晦日の大祓(おおはらい)によって1年の穢れと罪を「水に流す」習慣を持っています。「できれば忌まわしい事件は忘れたい」気持ちも働きますが、頭を低くして事件が忘却されるのを待つだけの姿勢は忌むべきことだと考えます。

 
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