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塾・新時代のマーケティング論(5)
「あなたはどんなリーダー像を描いているか」

森智勝氏

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今回は趣向を変えて歴史の話から始める。

10月。旧暦で言えば神無月。日本中の神様が出雲の地へ行ってしまう月。だから出雲地方だけはこの月を「神在月(かみありづき)」と言う。当時、多分弥生時代前半までは出雲に王様がいたのだろう。そして、地方の支配者が年に一度、王様のご機嫌伺いに行く。

対馬のアマテル神社の神様には、「一番最後に出雲に行って一番最初に帰ってくる」という伝承がある。これはナンバー2の地位にいた証拠。アマテルが国譲りを経てナンバー1の地位に就き「アマテラスオオミカミ」になった。原型は「アマテル」。つまり海(アマ)を照らす神様。大胆に想像すれば「テルテルボウズ」か。

日本の神話は非常に人間臭い。それもそのはず、「神話は人話」と言われるように、日本の神様は生きた人間だった。今でも、人は死ねば皆、神仏になると言われている。天皇のことを、かつては現人神と呼んでいたが、それは直系の子孫ということで、日本人は全て傍系の子孫ということになる。我々が親を、祖先を大切にしてきたのは、我々よりも親の代のほうが神に近いからだ。

なぜ源氏と平家が武士の棟梁になれたか。それは、清和源氏、桓武平家と言われるように、それぞれ清和天皇、桓武天皇の血を受け継いでいるからだ。なにしろ、明治になるまで正式に認められた姓は「藤原」「橘」「源」「平」「豊臣」の五つしかなかった。つまり、由緒正しき家柄だったのだ。いかに天皇、つまりは神との血の濃さが重要視されてきたかが分かる。

西洋ではこうはいかない。何しろ、ユダヤ教から派生したキリスト教では、泥をこねて作った人形に神(クリエーター)が息を吹きかけて生命を与えられたのがアダムであり、人間の祖だからだ。イスラム教も同じ神を抱く兄弟だから考え方は同じだ。人は皆、神の創造物だから、「私」も親も祖先も神の下には皆、平等。元を正せば皆、泥人形ということになる。こうした考え方から1人1票制の平等主義、民主主義は誕生した。

ところが一方、独裁者もこの思想から生まれた。なぜなら、キリスト的社会では「神の名」の下に行なわれる行動は、全て肯定されるからだ。モーセに率いられてエジプトを脱出し、「約束の地」であるカナンにやってきたユダヤ人は、そこに暮らしていた先住民を皆殺しにして、切り刻んだ死体を木に吊るす。聖書は言う。「よって彼は英雄になった」


十字軍の例を持ち出すまでもなく、全ての戦争は「神の名」の下に行なわれる聖戦だ。独裁者を生み出す土壌は民主主義そのものの中に存在する。

長々と宗教の話をしてきたのには理由がある。塾を一つの組織と考えた場合、どういった思想で組織をまとめるかという重要なテーマに関わるのだ。それは、従業員との関係もそうだし、塾生、保護者との関係についても言える。

もちろん、塾長先生の性格にもよるのだが、企業として考えた場合、ある一定の規模になるまでは「独裁者型」のほうが上手くいく。

民主的にスタッフと合議制で運営しようと考えると一歩も前に進まない。日本では本来の意味での民主主義が根付いていないので、多数決を採ると勝ち負けの話になり少数意見側から敵意を持たれる。ある企画を考えるとき、なまじ民主的にスタッフ会議に掛けると話が堂々巡りをして前進しない。挙句の果てに、「どうせ塾長先生の意向通りになるのですから、業務命令としてやってしまえばいいじゃないですか。」と開き直られる始末。

ところが、ある一定の規模を超えると今度は民主主義型(調整型)の組織運営が求められる。歴史上、戦国時代の混乱を収拾したのが独裁型の信長であり、太平の世を築いたのが調整型の家康だったことがそれを物語っている。独裁型のリーダーは、ある規模になった時、企業を去る覚悟がいる。

多くの先生方とお会いして、もう一つ気付いたことがある。ほとんどの方が自分内に存在するメンタルブロック(内制止)に大きく囚われていることだ。例えば、現在30人の塾生しか集められていない先生は、50人の塾生が存在するシチュエーションを想像できない。100人を抱えている人は200人が存在する塾の様子を想定できていない。だから、けっして200人になることはない。それどころか、200人が在籍可能なビジネスモデルすら作っていない。つまり、自ら塾生200人を放棄している。尋ねると「いや、塾生は多ければ多いほど良い」と言うのだが…。すべて、メンタルブロックの成せる技だ。

とにかく、このメンタルブロックをぶち壊さないと、願望は達成できない。人は願望を持った場合、「それは実現不可能だ」ということを証明したがる習性を持っている。曰く、「教室が狭いのでそんなに人数が入らない。」曰く、「この地区は不況が厳しいので、その授業料では受け入れられない。」曰く「資金がない。」曰く、曰く…。いわゆる消極型人間がほとんどなのである。

物事を判断するときは多くの情報を集め、仔細に検討した後に行なうと思いがちだが、実は違う。積極型人間は考える前に「できる」という結論を下す。そして、それから「できる」ための方法を考える。そして実行に移す。9割は失敗する。すると、積極型人間は「できる」という結論を先に下しているので、方法が間違っていると考えて次の手を捜し始める。これを実際に「できる」まで繰り返す。

一方、消極型人間は考える前に「できない」という結論を下す。そして、できない理由をトラックいっぱい集め始める。そうした人間は実際にやってみたとしても、一度でも失敗すると「あれこれ手を尽くしましたけれど、結局だめでした。」と得意げに話し、変な話だが、失敗して満足している。自分ができないとした判断が正しかったと証明できて安心している。これでは一歩も前に進まない。

どちらのタイプが経営者として相応しいか。言うまでも無い。

 
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