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中小塾のためのマーケティング講座(26)
「中小塾逆襲元年(2) 本気で本物の追求を図れ!」

森智勝氏

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先月号で「淘汰の時代が終わりに近づいている」という話をしました。数字的なデータをご紹介します。2年半前にDMを三〇〇〇通送ったことがあります。その三〇〇〇件は5年前に一度DMを出して届いたところばかりです。すなわち、5年前には「生きていた」塾なのです。ところが「転居先不明」の朱印を押されて返送されてきたのが三〇〇通近くにのぼりました。約1割の塾が2年半の間に廃業したと考えられます。

今年の春、再び一〇〇〇通のDMを送ったのですが、返送されてきたのは22通。明らかに淘汰の勢いが鈍化した様子が分かります。これをお読みのあなたは厳しい時代を生き抜いてきたのです。心から敬意を表します。

あなたは本物の商品を作っていますか

市場の再編成が一段落したとはいえ、大手塾の全国展開は続きます。今、必要なことは「本物の追求」を図ることです。長い不況期の経験から消費者の学習能力も向上しています。いわゆる「費用対効果」に対する意識が高くなっているのです。100円ショップが隆盛を誇っているのも、その査証です。誰もが支払う料金に対する受益効果に敏感になっています。現代は「ベンツに乗って100円ショップに通う」時代です。

多くの中小塾経営者は、ご自分の指導技術に絶対の自信を持っています。「教え方では大手塾に負けない」という声を何度も聞きます。その自信は大切なのですが、同時に、それが過信に陥ってはいないかという自戒を常に持つべきです。

中小塾の先生方は誰もが悩みを抱えています。ところが、その悩みの多くは「生徒が集まらない」「利益が出ない」という経営上のことであり、「授業の進め方」「教材選定」「カリキュラムの構築」「指導技術」といった教務に関しては意識が薄い傾向にあります。何の準備もなく、その日の授業に臨む先生すらいます。バイト講師に「授業の丸投げ」をしている経営者もいます。

マーケティングと教務は経営の両輪です。いかに周到なマーケティングを施しても、肝心の商品に価値がなければ意味がありません。そして、本物とは「より良きものを目指す姿勢」の中に宿るのです。はっきり言って本物の授業を追求する姿勢において中小塾はまだまだ大手塾に負けています。

例えば、あなたの採用している教材はどんな理由で選ばれたのでしょうか。もしかしたら「出入りしている業者との人間関係」で決まっていませんか。もちろん人間関係を否定するつもりはありませんが、学力向上という塾が持つ本来の役割に大きな影響を持つ「教材」を疎かにしている塾が多く見かけられます。そうした塾の責任者は「教材なんか何を使っても同じ」と言います。言外に「自分の指導力」に対する過信を感じるのは私だけではないでしょう。

集団指導、個別指導、自立学習…塾の形態が様々なように、塾専用教材も様々作られています。大手塾のようにオリジナル教材を作成できないのは仕方がないとしても、数ある教材の中から自塾に最も適した1つを選定することに、もっと悩んでもいいのではないでしょうか。悩み抜いて選ばれた教材だからこそ、自信を持って使用でき、生徒・保護者にも「本物感」が伝わるのです。

教材にせよ指導方法にせよ、日々の研鑽は欠かせません。その姿勢が「本物」を作り続けることにつながります。マーケティングは「商品内容」を早く正確に伝える技術です。その「商品」が偽物ではマーケティングを施せば施すほど自らの悪評を早く広めることになってしまいます。

私は「授業を売るな感動を売れ!」という主張を続けています。しかし、それは「授業はどうでもよい」という意味ではないので誤解されませんように。

感動を創造するのは本気の取り組み

ところで、感動を創造するためには何が必要でしょう。

私は人間社会を「それぞれがそれぞれの役割を演じることで秩序を保つ社会」と捉えています。簡単に言うと「建前社会」です。建前というとネガティブなイメージがありますが、本音と同様、いや、ある意味それ以上に重要なことだと考えています。

例えば、ホテルマンが本音だけで仕事をしていたらどうなるでしょう。「今日は疲れたな。何で客の荷物を持たなきゃならないんだ。」と言っていたらホテル業務は成り立ちません。彼らが自分の役割をしっかりと演じてくれるからこそ、わたし達も常識ある「客」の振る舞いをすることが出来ます。そうした関係の中に社会秩序は守られるのです。

では、役割を演じることと感動の関係はどうなっているのでしょう。

皆さんは小学生が演じる学芸会に感動したことがありますか。ほほえましいとは感じつつも、ストーリーにのめり込んで感動することはないはずです。しかし、同じ演技でも映画やドラマで感動して泣いたという経験を誰もがお持ちのはずです。その差は何か…。

もちろん最も大きな違いは演技力という技術の差です。前述した指導力をはじめとする授業の質の向上が欠かせない理由がここにあります。芝居にせよ、プロスポーツにせよ、感動を与える源は技術にあります。そしてもうひとつ、見逃せない理由があります。「本気度」の違いです。優れた役者は本気で役になりきり、本気で泣き、笑います。そうした「役者達の本気」が「作り物としてのストーリー」という我々の先入観を壊し、登場人物に自らを投影させ、感動を呼び起こさせるのです。技術的にはプロ野球にはるかに劣る高校野球が時としてプロ野球以上に感動を与える理由がここにあります。彼らの本気度が感動を生むのです。

「本気で演じる」ことの重要性がここにあります。あなたが塾人としての業務、振る舞いに本気で取り組まなければ相手に感動は与えられません。

例えばこんな質問を受けることがあります。「現在1対2の個別指導をしているのですが、あまりにも収益率が悪いので1対3にしようと思うのですが、どうでしょうか。」個別指導の塾で講師一人あたりの生徒数を決めるのは確かに重要な問題です。しかし、この質問者の考え方で決定するのは反対です。なぜなら、自分は1対2が理想と思っているのに利益率を理由に1対3に変更した場合、そのシステムを「本気でお勧めできなくなる」からです。どこか後ろめたさが残っていると、けっして相手を納得させることはできません。この場合、1対3にするのではなく、授業料値上げによって収益率を改善することを考えるべきなのです。以前もお話しましたが、中小塾は値上げには本当に消極的です。しかし、必要ならば適性価格を提示して「この指導には絶対の自信があります。私に任せてください。」と堂々と主張すべきなのです。自信のない「商品」は堂々とお勧めすることが出来ず、絶対に売れるようにはなりません。

あなたは「本物」を「本気」でお勧めすることです。それが感動を生み、相手に受け入れられる唯一の方法です。もともと「本物」と「本気」は普遍的な概念なのですが、成長カーブが一巡し原点に回帰した塾業界にとって改めて「本気」で再考すべきものです。

あなたの塾は本物ですか?他の要素で妥協していませんか?それを本気で訴えていますか?そこに後ろめたさを感じていませんか?

 
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